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クラシックカー屋一代記
著者コメント

「クラシックカーの大きな魅力のひとつは、それぞれのボディはオーナーとコーチビルダーによって誂えられたものであるという点です。ロールスロイスやベントレーのようなメーカーはエンジンなどのメカニズムをすべて組み込んだ状態のシャシー(フレーム)を製造販売するところまでが彼らの仕事で、そこに載せるボディは専門のコーチビルダーがオーナーと話し合って(ビスポークして)デザインしたボディを一台ずつ誂えていました。馬車時代の名残ですから、それはそれは素晴らしいものばかりです。コーチビルダーにはそれぞれ作風があり、顧客の要望もさまざまです。そのバリエーションは非常に豊富で、どんな想いを顧客がクルマに込めて誂えたのかを想像するのがクラシックカーの大きな楽しみになっています」
「私はクラシックカー販売業者ですが、一方でコレクターでもあります。ですから、仕事を始めた頃は「売らないクルマ屋」と言われていました。売るために仕入れるのではなく、自分が欲しいクルマを買い集め、そのうちのどれかを売るかもしれないというスタンスでやっていました」
「不思議なもので、そのクルマを「欲しい」と思い続けるといつか手に入ります。カネがあれば必ず買えるとは限らず、かといって無ければ買えないものでもないのがクラシックカーの面白いところです。出会いと運です。私は、それで書物の中でしか見たことのなかった世界に一台のロールスロイスを買えた僥倖に恵まれたことがありました。コレクターの醍醐味です」
「自分はクラシックカーの“一時預かり人”であるという認識を強く持つようになった。クラシックカーを販売するに当たっても、前のオーナーから次のオーナーへのスムーズな継承こそが自らの務めであります」
「30年間で約600台のクラシック・ロールスロイスとベントレーを販売してきました。そのうち約半数は複数回販売しています。つまり、最初に売った顧客が手放し、私が買い取ってさらに次の顧客に売るというサイクルを繰り返しました。同じクルマを3回以上売ったこともありますし、最多は10年間で5回売り買いを重ねました」
「その時のモットーであり、実際にお客さんにも伝えることにしているのは、「手放す時にはご連絡下さい。必ず、相場で買い取りますから」と約束していたことです。クラシックカーですから、体力的に乗れなくなったり、亡くなったり、あるいは経済的に維持できなくなったりする時が来ます。普通のクルマならば次のクルマの下取りにされたり、スクラップにされるでしょう。しかし、クラシックカーは違います。オーナーが維持できなくなったら、次のオーナーへ継承しなければなりません。ゴッホやピカソの絵画などと同じように、クラシックカーもまた人類共有の遺産、機械遺産なのですから」
「幸いに、私のお客さんたちはみな、そうした継承の重要性を理解してくれていました。夫の死後13年間、クラシック・ロールスロイスが収められているガレージを開けなかった未亡人から電話をもらい、一緒にガレージを開けて、クルマを引き取ったことがあります。修復と整備に半年掛け、完成した姿をお見せした時、未亡人とお嬢さんは涙を流しながら故人とそのクルマの思い出を語ってくれました。私ももらい泣きしたほどです。「どなたか大切にしてくれる人に」とのご要望で、私の別のお客さんに売りました」
「リーマンショックの時に涌井さんは今まで納車した客の全員に手紙を送りました。「お元気ですか? クルマは快調に走っておりますか? 御多分に洩れず、工場をヒマにしております。整備やモディファイなど、今まで時間がなくてできなかった作業もすぐに取り掛かれますから、お気軽にご用命下さい」という内容です。そんな手紙を送ったのは初めてのことでした。
そのうちの一人から返事をもらいました。
「涌井さん、ご無沙汰しております。お手紙ありがとうございました。懐かしい気持ちで読まさせていただきました。あの後、私はいろいろありまして、残念ながらクルマは処分してしまいました。そのことを報告したかったのですが、手放してしまってはもう涌井さんに会わせる顔もなく、お店にも足が向かなくなってしまいました。また、いつかロールスロイスに乗れる日が来ると良いのですが。その時は、よろしくお願いいたします」
手掛けている事業がうまく運ばなくなり、会社とともにクルマも整理されたそうでした。しかし、その後に立て直して、私からまたクラシックのロールスロイスを購入いただきました」